マイナス成長社会をどう生きるか

これは、2016年11月16日、日本精神科医学会ランチョンセミナーで行われた講演の梗概である。

式場病院は、柳宗悦ら民芸運動家たちとの交流・画家ゴッホの精神病理学的研究・裸の大将「山下清」の発掘と支援など精神医学だけに留まらず、文化人として名高い式場隆三郎により、昭和11年に創立された病院である。演者は、昭和63年より葛飾橋病院へ勤務し、院内感染管理・医療安全管理委員会の創設はもとより、担当交替審査会といったユニークなシステムを構築し、近年では健康的で安心のある地域生活を支援する、地域生活支援サービス(Community Living Assistance and Support Services: CLASS)を開発推進した。

2015年2月、初の経営企画部長として式場病院へ赴任した。2008年、式場病院の平均在院数335名(99%)だったものが、2015年には305名(90%)へと右肩下がりの状況であった。都市近郊、広い敷地、「式場隆三郎」「バラ苑」といった地域における知名度といった長所がある一方、危機意識の欠如、未熟な企業統治、職員の高齢化、医者中心のヒエラルキー、後に述べる「滞在型」意識の蔓延といった深刻な短所があった。加えて、7つある病棟のそれぞれの機能が明確でなく、どれも似通った病棟となっていた。 精神科病院への脅威に目を向けると、日本の総人口1.28億人は2007年をピークに低下を続け、2050年には1.08億人へと減少する予測がある。人口千人当たりの現在の精神病床数は、日本は2.78床、欧米の平均をざっくりと1.0床と推計すると、2050年には日本の精神科必要病床数は9.8万床となり、現時点の70%が削減対象となりうる。

滞在型意識では、患者さんやご家族に対して「ずっといていいですよ」といった姿勢でいるため、退院への圧力は小さく、障害回復への期待は低くなる。退院支援能力の低下を来たし、病床の渋滞・高齢化・介護負担の増加といった問題を抱えることになる。 一方、通過型意識では、「半年で出ましょう」と目標が明らかな姿勢となるため、退院圧力は大きく、障害回復への期待は高く、その結果退院支援能力が強化される。よって病床の流れは良くなり、新規入院をより多く受け入れることが可能となる。 「滞在型から通過型へ」をkeywordに、医療サービス構造の変革を進めているが、病院全体に存在する変化への抵抗「心の慣性法則」は思いの外大きく、職員の意識改革をどう進めるかが大きな課題になっている。

統合失調症患者さんのアドヒアランスを高め、健康で安心のある地域生活の推進には、「適切な薬物療法」といった医者目線から、「患者さんにとって快適な薬物療法」(Comfortable medication Assisting Schizophrenic patients in Community: CASC)といった患者さん目線の治療戦略の普及が求められる。地域生活を支える薬物療法には、1)少ない副作用、2)適切な用量、3)単純な処方、の3つの原則がある。この原則を大いに満たす抗精神病薬は、アリピプラゾール、ブロナンセリン、パリペリドンやその持続注射剤(LAI)であり、これらの薬剤はドーパミン過感受性精神病や遅発性ジスキネジアの予防の点でも優れている。

持続性注射剤が十分周知されていない現状を踏まえ、共同意志決定(SDM)において、経口剤と持続性注射剤どちらかをまず選択していただく、統合失調症急性期における薬物治療アルゴリズムを考案した。本アルゴリズムは、CASCに相応しい抗精神病薬を、最大忍容量まで使用し最低4週間有用性を一剤ずつ確かめ適切な薬剤を決定する。対象は統合失調症急性期入院患者88名(男性35名、平均年齢48.4±14.5歳、入院時平均GAF 26.7±7.8)。一剤目で薬剤が決定したのは、全体の69名(78%)、二剤目までで決定したのは82名(94%)、三剤目までで87名(99%)。最後の一名を除いてすべて抗精神病薬単剤で症状が制御された。全体の68%が1か月未満で薬剤が決定され、71%が3か月未満で退院した。抗パーキンソン剤を含めた向精神薬の併用は、全体の62%が併用なし、28%が一剤の併用に過ぎなかった。7年半の観察終了時点において、同院へ通院60名、他院へ通院21名、入院中7名。同院通院中の再発者は5名だった。アリピプラゾールLAIはCASCの概念に合致した抗精神病薬の一つであり、統合失調症の地域移行支援に向け、有力な選択肢と考える。

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